2001/05/01 開始
大野先生の著作『日本語について』と『日本語をさかのぼる』を読了。
『日本語について』は、『岩波古語辞典』編纂の前后に発表された論文を寄集めてゐる。辞書の編纂に関つて自分がどのやうに臨んだかとか、日本語の歴史的な遷り変りについての捉へ方とか、日本語が此れからどうなつて行くのか行くべきかとかの事を、国語学者の見地から鋭く提言してゐる。
『日本語をさかのぼる』は、日本語の色々な語を例に採り、夫々の語を何処まで分解できるかという事をやつて最も基本となる「語根」を抽出する論考を纏めてゐる。其れらの「語根」を眺めて、奈良時代又は其れ以前の弥生時代の日本人は、世界をどのやうに把握し、どのやうに考へ乍ら生活してゐたのかを論考してゐる。
言葉だけで、かうも色々な事が展望されるとは思つてもみなかつた二冊の本だつた。
嘉慶通宝の第四弾。
泉 源 雲 川 浙 蘇 直 桂 晋 武 黔 南 陝 福 東 他 計
97 51 17 5 8 5 2 2 3 1 3 1 2 2 1 0 200
泉出頭宝 泉マ頭通 泉単点通 泉コ頭通 源単点通 源コ頭通 源マ頭通
30 24 26 17 8 21 22
全部で200枚。内、宝泉局上星が3枚、前回は出て来なかつた宝東局が出て来た。今回は少い筈の宝泉局出頭宝が多く出た。
次回は、別のロットを大まかに分類しよう。
1日分飛んでしまつた。けふは、去年の分を切離す事にした。
02時半現在、閲覧件数が越えてゐた。
「いかめし」の為に、2〜3時間
の列車待ちとは恐れ入ります。
「ほけほけ日記」、1月11日、「「何かの日記」H14-01-11 駅辨」より
個人的に好きな駅弁は、敦賀駅の「かに寿司」と、折尾駅の「かしわ飯」です。
個人的に好き
と言ふか、思ひ出に残る駅辨と言へば、根室本線と今は無き標津線が接続する厚床駅で売られてゐた「ほたて辨当」(多分この名前でいいと思ふ)ですね。
社会人になつて初めて北海道入りして、一人で根室のノシャップ岬迄行つた帰りに、標津線に乗換へようと降立つた駅の駅辨で、ホタテを解した奴を此れでもかつて位に盛附けた駅辨でした。
其の后、再来してみたら、駅辨売りはゐなくなつて、駅の小さなキオスクの片隅に置いてあつたんだけど、ホタテの量が減つてしまつてがつかりしてしまつたものです。昔の思ひ出です。
『闇黒日記』、平成14年1月13日より
- abbr要素等は、記述し捲ると却つて譯がわからなくなるので、適當に抑へておく方が無難。
- 既に鉤括弧(やその他の引用符)で括つた引用部を、さらにq要素で明示する必要はない。
- 體裁用文字符號を埋め込んでゐる場合には、bdoのdir屬性を使つてはならない。
元々、abbr要素の詳しい意味が読取れず殆ど手を出してゐなかつたんですが、今回北村さんと討論してみて其の一端は掴めたやうに思つてゐます。
かと言つても、無闇に要素を附け捲る事は考へにはありませんので、其処の処は宜しくです。
此れからq要素については、鍵括弧で括らないやうしようと思ひます。
『闇黒日記』、平成14年1月12日より
私はサンコミックス版の「ヨウスケの奇妙な世界」を4册、既に持つてゐます。ついでに「真琴グッドバイ」も持つてゐたりしますがそれが何か。
サンコミックスか、懐かしいなあ。『マンガ少年』の頃の奴だね。『真琴グッドバイ』も『腸詰工場の少女』も持つてゐたつけか。一時期、『メディウム』で連載されてゐたんだよな、「怪奇編」が。あれは良かつた。あん時あ、本当にファンだつたなあ。
でも、『ヨウスケの奇妙な世界』は4冊も入手できなかつたな。
売っていた
ネタにでもされたのかと、「ドキッ」としたな。
win-me使ひなので対象外のやうです。
時間が出来たので又古書市に行つて来た。
今回は前回目を附けてゐた銭譜が残つてゐるかどうか見に行つたのだが、既に見えなくなつてゐた。代はりに元朝の時代の事を書いた本があつたので入手。廃刊された雑誌『ボナンザ』で連載されてゐた記事を集めたんださうな。パスパ文字の解説もある。
高橋葉介の漫画文庫が売られてゐた。『夢幻紳士 怪奇編』が好きなんだけど、置いてなかつた。
あらら、けふ野嵜さんも来てゐたのね。
陸別、綾瀬、船橋、久ノ浜より、夫々着信あり。オーロラが見えるんですね。」相模国完訪おめでたうございます。」あれは局員の方が綺麗に押して呉れました。」恐竜の風景印が格好いいな。」
もう三回目だね。
泉 源 雲 浙 蘇 直 昌 桂 黔 南 陝 広 他 計
108 50 13 8 2 4 1 4 1 2 3 1 4 201
泉出頭宝 泉マ頭通 泉単点通 泉コ頭通 源単点通 源コ頭通 源マ頭通
23 31 28 25 5 19 26
全部で201枚。内、宝泉局上星が1枚、其れと前回は出て来なかつた宝広局が出て来た。今回は「大吉」が数枚出て来た。こいつあ験がいいぞ。「他」は、乾隆通宝が4枚。
今回のは、何故か砂ッぽかつた。京局だけで四分の三を上回つてしまつたのには吃驚。
きのふ見た『風の谷のナウシカ』の主人公が「フカイ」の植物を蒐集してゐた。なんかあの場面だけで親近感が沸いてしまつたよ。
色々ご教示ありがたうございます。何とか理解できたと思ひます。
此処で私がH14-01-06のこの日記で書記した疑問について、先に説明を加へておきます。
第一の疑問は、私自身の理解に何らかの不備があるかと云ふ事を聞いてゐます。
第二の疑問は、議論に使用されてゐる用語の微妙な不一致はどうなのかを聞いてゐます。
第一の疑問については、私の理解が甘かつたと判断しました。
ペトロニウスさんはHTMLタグの持つ「機能」に注目するあまり、要素の本来の意味を見落としているようにも見受けられます。
結局、さう云ふ事ですね。慥かに当方は「機能」に注目してをりました。此れは先に引用した『W3C勧告 私的 日本語訳 9.2.1 フレーズ要素』にも明確に書かれてゐたからに外なりません。今は、あの文は一種の「譬へ話」が書いてあるんだと理解してゐます。
第二の疑問についてですが、此れは、当方の希望的観測では、「W3C勧告の原文にかうあるから、略語で間違ひない」と云ふやうな答になるかと思つたんですが、さうとはならなかつたやうです。
自身が英語又は英文などの印欧語にはあまり慣れてゐないので、其の辺りの事情が伺へれば幸ひと思つてをります。当然ですが、【略語】の日本語としての意味はちやんと解つてゐる積りです。
「不審を招い
」たと思はれたのでしたら申し訳ありません。何かの理由があつて敢て略語と云ふ表現を選んで用ゐてゐたのだと感じてゐました。「ずらしてる
」事に対して不当には思つてはをりませんので書添へておきます。
この時点で、北村さんの主張にはほぼ同意しましたので、当方による省略語に関する不当と思しきマークアップについては少しづつでも改善して行く事にしませう。ルビは飽く迄も漢字の右側又は上部に添へる仮名文字の事なので、class属性は"yomi"にしておきます。
(未だ不備の多いISO-HTML、此れからに期待しよう。)
然し、「マイ諸橋大漢和」ですか。吃驚ですね。家は今の処『康煕字典』で十分ですね。
百貨店で「駅弁大会」をやつてゐたので、森駅の「いかめし」を買つて来た。結構有名な奴が売切れになつてしまふのは仕方ないか。
嘉慶通宝の分類の第二弾。
泉 源 雲 川 浙 蘇 直 昌 桂 晋 武 黔 南 陝 福 他 計
85 35 16 15 16 4 8 2 1 1 1 3 2 8 1 1 199
泉出頭宝 泉マ頭通 泉単点通 泉コ頭通 源単点通 源コ頭通 源マ頭通
14 20 26 25 8 16 11
全部で199枚。内、宝泉局上星が1枚、其れと前回は出て来なかつた宝陝局や宝福局も出て来た。宝泉局の出頭宝は比較的に少い事が伺はれる。「他」は、乾隆通宝宝南局。
下記、「南」の数が不正だつたので修正しておいた。
宝陝局の【陝】の字は、支那にある陝西省の【陝】の字なので、【陜】とは意味も字音も違ふ。注意すべし。
『つきねこ日記 - 2002年01月11日 - 腰から下部を包む脚部で二股に別れた外衣占い』所載、「腰から下部を包む脚部で二股に別れた外衣占い・前編」より
ここでの性別は、実性別とは関係なく、パンツ占いでの結果である。これによると、ズボンというのは男性用名詞で、パンツというのは女性用名詞なのである。
男がパンツと云ふ語を使はない事はないんだけど、使つたとしたら女の言ふパンツとは意味が違ふやうな気がします。
男言葉、女言葉の別があるのは日本語ではよく知られてゐます。同じ意味でも男女で違ふ語を使つたり、又、同じ言葉でも違つた意味に使つたりするのは、平安時代の文献で既に確認されてゐるさうです。
去年は踏ん切りがつかなかつた嘉慶通宝の分類を始める事にした。
泉 源 雲 川 浙 蘇 直 昌 桂 晋 武 黔 南 他 計
85 48 20 12 9 8 4 3 2 1 1 1 5 1 200
泉出頭宝 泉マ頭通 泉単点通 泉コ頭通 源単点通 源コ頭通 源マ頭通
11 19 27 27 11 18 19
全部で200枚。内、宝泉局上星が1枚。宝源局下星が1枚。長慶と思しき物も数枚あり。「他」は、乾隆通宝宝源局の普通品。
『つきねこ日記 - 2002年01月10日 - コンボイの謎』所載、「コンボイの謎」より
である。実に優柔不断。シングルバイト文字とマルチバイト文字は、同じと見ていいんだろうか。コンボイは変体しようともコンボイか? 私には分からない。
1byteのアスキー文字と、2byteの文字とは違ふ文字と認識してゐます。"2"も"2"も同じ概念を示す文字なのですが、"2"の文字はアスキー文字として同列に使用する事は無い筈ですから、其の意味で微妙に概念が違ふ文字だと見る事が出来ると思ひます。まあ、「2ちゃんねる」の場合は、其処の主催者が「同じ文字」だと認識してゐると云ふ事が伺ひ知れますね。
「コンボイ」の場合は、「変体」しようが「合体」しようが「コンボイ」は「コンボイ」でせう。魚にも出世魚とかありますよね。其れと似たやうなものぢやないんでせうか。鯵にもシマアヂとかムロアヂとか、同じ魚でも細かく分ければ色々な種類があります。細かいもの達の総体を「鯵」とか「コンボイ」とか呼んでゐる訳です。「コンボイ」と云ふと私の場合、先づ思ひ浮べるのは米国の長距離トラック野郎映画なんだけど、詳しい内容は覚えてゐないな。
ううむ。格好いいなあ。
暫く以前から此処に張附けてあるバナーですが、こんな事になつてゐます。
『バナーコレクション・おまけ』所載、「言葉 正字正かな」より
著作權的に微妙な代物です。一應「オープンソースプロジェクト」と稱してゐますので、別に複製しようが改良しようが野嵜は文句を申しませんが。
上のはうに表示させてあるバナーは、此方に取込んで自分のサイトに登録したものなので、明かに「複製
」に当るんでせうが、「改良
」に該当しさうな行為は、此方の技術力では一寸出来ませんね。
「ヤミクロ バナー」はウケましたね。ローマ字版とキリル文字版ですか、西蔵文字版とかも出たりするのかな。格好いいかも。
けふは、小田急新宿に出向いてみた。其れなりの規模だつたが、店内の配置が悪い所為か、妙に狭い通路があつたりなんかして、往生する。
入手できましたね、『南蛮更紗』。装釘は、赤を基調とした布張りの象の絵で、結構確りしてゐる。頁を開くと最初に出て来るのは、カルタ遊びをする庶民の様子の絵。ポルトガルから伝へられたと其の侭の意匠のカルタが数枚見える。残念な事に函が多少崩れてゐる。
『日本語の歴史』には、大野先生が「日本語の黎明」と云ふ論文を寄せてゐる。明世堂刊行の『古代國語の音韻に就いて』は、当然当時の仮名遣で書かれてゐる。いい論文なので在つたら欲しいと常々思つてゐた本。
『クオ・ヴァディス』は、私のハンドルの直接の由来の本。色々な人に読んで貰ひたい小説だが、自分で買つてしまつてどうするの。其の外、もう一冊買つたが、略。
横浜中央、東村山、豊橋南、富山中央、奈良中央、板橋西、朝霞、沼田、東京中央、浦和中央、熱海、浦河、石狩、黒岩、土肥恋人岬、浜岡、有川、前橋駒形、新横浜駅前、粉河、徳島中央、前橋中央、外より、夫々着信あり。
色々なお方から年賀状が届きました。皆さんありがたうございます。
『地獄の箴言 掲示板』所載、ペトロニウス談、1月 8日(火)00時54分46秒「謹賀新年」より
バッコスの神に魅せられし御仁が、神聖なるユピテル大神の神殿の祭壇に過剰な生贄を捧げて止まない。おお、ユピテル大神よ。何卒其の怒りを鎮め給へ。
いやあ、正月早々、勇ましい限りですね。比較的に易しいのだが、この意味が判つたら例の御仁も大したものだらう。
然し、あの御仁から「南無妙法蓮華経
」も無からうに。本当に意味を解して発言してゐるんだらうか。
T.K氏から賀状が届いた。嬉しい。ありがたう。
なんか良くないみたいなので、id属性の書き方を替へた。
ドルは米国が発祥ですが、元々は独国又は神聖ローマ帝国で使用されてゐた古い通貨単位のターレルが其の起源です。【弗】をドルと読むのは"$"に形が似てゐるからださうです。
ポンドはよく知らないんですが、略字の"£"は、対岸の仏国の古い通貨単位リブラの頭文字を取つてゐると聞きます。
日本の銭の単位は米国のセントを音写したものだと言はれます。
私の知つてゐるのはそんな処ですね。今年の元旦から欧州でユーロの流通が開始されましたから、暫くしたらフランもマルクもドラクマも……消えて無くなつてしまふんでせうね。
『つきねこ日記 - 2002年01月04日 - もんめ』所載、「もんめ」より
ガンジツのニッキはもんめ疑惑を払拭したかったので、さてだったのだけど、これじゃだめかしら、お兄さま。
全然だめぢやありません。無理して【扨】を使はなくても普段通りに書けばいいと思ひます。
先づは、色々とご教示下さりありがたうございます。感謝してをります。
無理にabbr要素の意味を拡大解釈して使うよりは、汎用のspan要素を使う方がよいように思います。
北村さんの最終結論は上記の文に集約されるんだと思ひます。ですが、私はまだ其の結論に至つたと言へる状況にはありません。
『W3C勧告 私的 日本語訳 9.2.1 フレーズ要素』より
こうした構造をマーク付けすることで、ユーザエージェントの他、スペルチェッカや音声合成装置、翻訳システム、検索エンジンの索引付け等のツールに対しても、有用な情報を提供できる。
上記を引用した上で、2点程疑問を呈します。
省略語や頭字語」及び「
省略された表現」及び「
省略しない形態」などと表現されてゐますが、北村さんは「
略語」と表現されてゐます。W3C勧告の原文其の物の理解として上記日本語訳の表現と北村さんの表現とは全く等価のものと理解して宜しいのですか。宜しくないのですか。
上記2点の疑問が拭へれば、前記の結論に同意できます。申し訳ありませんが、今一度ご教示くださいませんでせうか。
上記を見直してみました。私が元旦に書いた「少くとも私自身はspan要素に適宜class属性では正当とは見做せません。
」は、理解が足りなかつた事による勘違ひでした。使用できるのは確認しました。ありがたうございます。
大体半分くらゐ終つたと思ふ。
一応、当初目標は達成した。HTMLの文法エラーがあるので、追々直して行く積り。
『後悔記 -落胆者』 「疑問と回答」、(2002/1/4 18:51)
言はれてみれば、其の通りです。何かがあつて「其れは常識だ」とか「あんたは非常識だ」とか言はれても本質的に疑問は解消されないものですね。
けふは、既存頁の手直しの豫定。さうさう、ご返事もせねば。
一寸気になつたので、実験頁の評価をしてみた。必ずしも正しいとは言切れないけど、間違ひぢやないな。
けふは、新宿京王の古書市に行つて来た。半年前に比べて小規模になつたやうな気がする。
実は、先日逃した『南蛮更紗』を探してゐたのだが、結局見附からず。代りに『南方記』を入手。西尾実は、『岩波国語辞典』の編者の一人。
下二つは、所謂「とんでも」。国体は「神の国」発言の前総理大臣が口を滑らせた言葉の一つで、戦前の思想。『たま出版 諸世紀』は、翻訳の不具合と原文の誤植があると噂されてゐる真の「とんでも」。
其の外、単行本の『光る源氏の物語 上下』や『福田恆存全集』2,5,6,8が在つた。福田さんの全集なら、第3集が欲しい処。
『つきねこ日記 - 2002年01月01日 - ガンジツ』所載、「年越しつっこみ」より
何か日記氏のリンクについてを音読させたらこういっているだろう。「もんめ、としもおしせまつてまいりました、まる」――無知は幸い。
【扨】はもんめとは読まないんですが、若しさう読んだとしたら誤読ですね。促音の【つ】は、タ行のツとして読まれても仕方ないかな。
と書いてゐる矢先に『カナかな団の躁鬱_preview』の「124帰省」に例の【扨】が使はれてゐます。参つたな。
自由とは狂人に与えるものではないと、朝日新聞社は知っておられるのであろう。
此れは私への「つっこみ
」と取るよりは、"asahi.com"の「■ リンクについて」に対して痛烈に皮肉を述べてゐるんだと受取れますね。
私の思い込みだと英語とか中国語とかの子音だけの音節が 発音できない(私は)ので難しいと考えてます。 日本語が母音で終わる音節が多いからだと思うのですけど。 マザータング日本語で他の言語話すのつらいかなと思っているので その辺が、単純?というかこういう場合言語学的になんていうですか? 母音を多用する言語が単純というのは私の早とちりでしょうね。
日本語の話し言葉の場合、子音と母音が比較的に密接に結合してゐます。其の点では英語や支那語とは性格を異にします。日本語の話し言葉の子音と母音を分離して、其の他の言語との音韻を比較すると、其の区分けが非常に疎になつてゐると言へます。其の点を指摘して「日本語は単純だ」とおつしやつてお出でなのでせう。
然し、私は其のやうには思つてをりません。日本語を短期間で学習して日本語の話し言葉を操る外人は幾らでもゐると思ひます。彼ら、又は彼女らは、母語の音韻で日本語を話します。英語を話す外人なら英語訛、支那語を話す外人なら支那語訛と、日本人は鋭く察知する事ができます。元々夫々の音韻体系が異なつてゐるんです。外人が日本語の正確な音韻を再現する事は難しいのです。其の限りにおいては言語はお互ひ難しい訳です。
それと日本語はかなり文字中心だと思います。 同音異義語が多すぎて、文字を知らないと聞いても正確な意味が通らないのでは? ?、合、愛、相、・・・・ 意味を理解するために必要なのは文字と文脈でしょうか
日本語は慥かに「文字中心
」の面があると思ひます。其れは支那語とて同じ事です。私は先に支那語でも文字として同音異義語が幾つもある事を指摘しました。
日本語の話し言葉では、書き言葉には無い音の高低とか音の強弱と云ふ区分けがあります。一語毎に言葉を区切つて発音する事も可能です。其処から文脈を読取つて理解してゐると考へます。子供などが文字を知らなくても話し言葉が出来る所以です。
国語審議会って、漢字を廃止するためにできたって聞きましたけど? だから、教育用の漢字或いは、常用漢字が減らされるのはあたりまえだと思ってましたけど。 漢字を減らしたり妖しげな略字を増やしたりして、古典の文章とかが読めなくなってます。 古典はほとんど外国語? 明治に強引に日本語とはって決めたのが、自然な流れが変った原因では? 日本語自体未だ未完成なのは同感です。 文法とかもまだまだ変るでしょうし、一番凄いのが話し言葉の変化ではないでしょうか? このまま行くと、100年後には話し言葉と文章が乖離しているような気がします。 そういうものなんでしょうけど。
先に「国語審議会」は、当初表音主義者優勢で構成されてゐたと書きましたが、其の中には、新聞関係者や文部省などの教育関係者の方々も這入つてゐたとされてゐます。一時期には正字正かな派の国語学者の時枝誠記さんも在籍されてゐました。ですので、「漢字を廃止するために
」と書くと一理あるのですが何処か語弊があるやうに感じます。
「常用漢字」は「当用漢字」の再確認と云ふ性格が強く感じられます。一応「目安
」とは謳はれてゐますが、実質は「当用漢字」の既成事実化に外なりません。
古典は外国語ではありません。ですが、個々の語の意味が現在とは異なる部分があり、且つ又、文法も異なつてゐる為に正確に理解するには特殊な訓練が必要になります。現在の日本語は「現代仮名遣い」と「常用漢字」で書かれてゐる為に餘計に乖離してゐるやうに感じさせられてゐるんだと思ひますね。
「明治に強引に日本語とはって決めたのが
」宜しくないやうに書かれてゐますが、恐らく言文一致運動の事を指摘されてゐるのでせう。此れは日本の近代化を促進させる為、西洋の思想を取入れる為に自ら進んで行つた運動だと理解してゐます。其の点、戦後の国語改革は、一部の表音主義者達がドサクサに紛れて決めてしまつたのとは全く性格を異にします。
よく「話し言葉の変化は凄い」とか言はれます。流行り言葉とかカタカナ語とか、慥かにさう云ふ面もあります。然し、永く使はれる言葉と云ふのは、自然淘汰されて或る水準で残るものと消え去るものとに分かれる筈です。軽薄な流行り言葉を書き言葉として残すのは、後々の日本語の文化にとつて汚点となると感ぜざるを得ません。
話し言葉と書き言葉が本当に乖離するのかどうかは100年后を見てみないと結果は判りませんが、書き言葉が正しい意味で話し言葉の監督役となつてゐなければ、或は其の通りの結果が得られる事でせう。100年后乃至は500年后に日本語が生きてゐるのかどうかも私には気になる処です。
ペトロニウス => 「ローマ字」と云ふ表記方法には複数の方式があります。統一されてゐない以上は其の表記方法で即「音」を書表したとは言へないと考へます。「音」を書表すのも考へてみれば難しいものです。 (2002/1/4 1:04)
「ローマ字」には大まかに分けて「日本式」と「ヘボン式」と「訓令式」があります。夫々に相違する点や共通する点があり、一長一短があります。巷で見掛けるのは比較的に「ヘボン式」が多いやうに思ひます。
昨年末から「さとみかん」に捕捉されてゐます。其れは歓迎なのですが、何処に不具合があるのか、今年に這入つてからの更新状況が日附時間に反映されてをりません。私には理由がよく判りません。
今年から見出しに"id"を振つてみる。実験なので、いつの間にか無くなつてしまふ可能性あり。
今年は大きな所を一つと、地元の氏神の夫々に詣でた。大きな所に行くのは其処での振舞酒狙ひ。或る意味不純だな。今年は初めて朱印帖なるものを手にした。趣味が段々渋くなつてきたな。さう言へば、けふ詣でた神社、旧年中にCFをやつてゐたのを見た。場所の割には自棄に軽い感じがしたな。
様々なお方より、新年のご挨拶を頂きました。元旦に32枚、3日に10枚届いてゐます。
日附印のあるのは右の通り。小笠原、美馬牛、東京多摩、さいたま新都心、新潟中央、青梅、世界貿易センター内、八千代(八千代北)、名古屋中央(名古屋境松)、三島、(秩父野坂)、以上です。
一枚だけ何方より頂いたのか判明せぬ年賀状があります。私は失念してしまひましたが、越後国の「年賀エコー」も数枚届いてゐます。皆様、ありがたうございます。本年も宜しくです。
佐倉染井野より、着信あり。旧年中に届いた一番最後の葉書です。いつもありがたうございます。
あけましておめでたうございます。今年も色々あると思ふけど皆さん宜しくね。
年明け早々ですが、ご意見が寄せられてゐるので、対応しておきます。
『難しい漢字2(とabbr要素) - 徒書』所載、(2001年12月31日)より
つっこみの対象は難しい(現代表記ではあまり使われない)漢字を使っていること自体ではなく、
私自身はあまり使つてゐないのだが、という箇所の一点です。
此れについてのご返事は、H13-12-31の「難しい漢字」の一行目に既に記録してあります。私は主観的に「難しい漢字は比較的に使つてゐない方だ」と思ひ込んでゐたので、「あまり」と云ふ語を附加した積りでしたが、さうは思はないお方がいらつしやる事実が判明したので「失敬しました」と書きました。
「鮪」と「まぐろ」の関係は、「原語と訳語」或いは「言葉と発音記号」ではないでしょうか。省略形と本来の形というのは当たらないように思います。
私の主張を理解したから香具師の例をお出しして来られたのでせう。尤も、この「鮪」と「まぐろ」の論についてはこのやうな不備があるのは知つてゐました。然し、「鮪」より「まぐろ」の方が文字数とかビット数が多いと云ふのも視点の差こそあれ省略に該当すると判断はできます。
まあ厳密な意味での省略形では無いのは理解できますが、其れではISO-HTMLでは其れらの語に厳密な意味で正当に読み仮名をマークアップさせる方法はあるんでせうか。少くとも私自身はspan要素に適宜class属性では正当とは見做せません。
例へばこんなのとか、外の方法も含めて自分自身も考へてみますね。
読み仮名の凡例。