今回は、スサノヲを祀る神社を簡単に纏める事にした。系統は四つ、出雲系・氷川系・熊野系・牛頭天王系になるやうだ。
スサノヲと牛頭天王は、元々別々の出身である。此処の処は重要だから注意として記録しておく。
きのふは「漢字と仮名遣」、けふは「郵便局巡り」のコンテンツを弄つておいた。まだ大変なやつが残つてゐるんだよなあ。"euc-kr"とか、文字コードが特殊な奴は一寸手間が掛るのが難点だね。
「郵便局巡り」のトップページに公式バナーを公表しておきました。
あなたは卓上醤油差しに醤油を入れようとしています。醤油差しの蓋の色は自由に選べます。何色の蓋の醤油差しに醤油を入れますか?
矢張り赤い蓋を選びますね。其れしか思ひ附かないな。
以前、始めて這入つた定食屋で醤油だと思つて垂らした濃い色の液体が実はソースだつた事があつて、悲しい思ひをした経験があるよ。仕方ないから其の侭全部食つたけどさ。\
同じ白金族のパラジウム(化合物も)と白金(単体)なら扱ったことはあるのですが.
白金は持つてゐないなあ。慥か過去に旧ソ聯か何処かの国が白金の貨幣を出してゐたと記憶するけど、ググつても出て来ない。
オスミウム化合物、恐ろしき猛毒だな。桑原桑原。贋ダイヤとは豪い違ひだ。
01/30 04:56 (C) 韜晦日記
、でした。5時近く迄やつてゐたのか。其れでも終つてゐない。
サイトの整理をやつてゐたら、こんな時間になつてしまひました。取敢へず、"2002"を"2003"に替へるだけだけど、何でこんなに時間が経つのが早いんだよう。
時間が判らなければ、「さとみかん」を確認して頂戴な。
10万アクセスが近い。……ひそかに篆書バナー作成をまたやるつもりでいたけど、今の自分の状況で果たして可能なのか? それでもやるしかないのか!?
此方もお忙しさうですね。一応、御要望が既に在るやうですから、此処に晒しておきますよ。
「曉に死す」、北村曉さんのサイト。漢字の雑文、短編綺譚(私の凄く好きなタイプのお話が満載なのです)など。「篆書バナー作ります」に申し込めなかった(まだサイトがなかった)事が悔やまれる、「篆書でGO!」はお勧めテキスト。
篆書バナー作成の企画、やつて上げたはうがいいんぢやないかな。
参考迄に、私が確認した時は、後77で桁替りになるみたいでした。もう直ぐですね。
【人名漢字に関する質疑】
- Q:
- 人名用漢字を増やそうというように検討されていると聞いておりますけれども,これはどういう趣旨で,いつごろまでに,どれくらいの規模を考えていらっしゃいますか。
- A:
- 細かいことはまだ何も聞いていませんし,私も何とも申し上げようがないのですけれども,最終的には法制審議会になるのだそうです。ですから,そこまで持っていくのに,準備にかなり時間がかかるのではないのでしょうか。人名漢字というのは,子どもの名前をつける時に,親が大変いろいろと考えて,それなりに意味を持たせて,この字でなくてはと思ってつける人が多いわけでしょうけども,その字がたまたま今の人名漢字に入ってないというと非常に困るわけで,そういうケースがいくつかあちこちにあるということは知っています。また,一方あまりわかりにくい読めないような字が出てきても困るという面もあるので,その両方のサイドから考えて,適当な範囲にするということが重要だと思います。今の姿ではちょっと足りないというご注文が多いようなので,その面から考えて全体として公平な分かりやすい字ということで,うまく収まる範囲があれば,それを最終的に法制審議会にかけるということになるのではないでしょうか。
大臣閣議後記者会見の概要(法務省) の平成15年1月21日(火)の記事より。
此れは覚書です。意見は、"H15-01-22"のこの日記に書いてあるから、参照して欲しい。
取敢へず、略字以外のJIS基本漢字が普通に使へりやいいぢやん。
「韜晦日記」用のバナー2枚と、正字正かなバナー1枚は、address要素の下部に暫く並べておきます。後で特別の頁を作りたいと思ひます。
其の外もう一枚、
も1枚届いてゐますので、此処に公表しておきますね。
此れらのバナーは、当方のウェブページへのリンクの表示として利用して呉れると嬉しく思ひます。でも、正字正かなバナーは正統表記のウェブページに貼付される事を望みます。てえ事で、後で朦朧帳に自作正字正かなバナーを貼つといてね。
ちるくるさん作の「韜晦日記」用バナーは、恐らく常平通宝の写真を使つてゐるんでせう。朝鮮半島の古銭です。犬神さん作のはうは、康煕通宝の写真ですね。此方は支那の清朝銭です。
犬神さんの御指摘に従ひ下記、『日本書紀』現代語訳文より、もう1箇所を引用。
四十五歳になられたとき、兄弟と子ど もたちにいわれるのに、「(中略) 天孫が降臨されてから、百七十九万二千四百七十余年になる。しかし、遠い 所の国では、まだ王の恵みが及ばず、村々はそれぞれの長があって、境を設け相争っている。 さてまた塩土の翁に聞くと『東の方に良い土地があり、青い山が取り巻いている。その中へ 天の磐舟に乗って、とび降ってきた者がある』と。思うにその土地は、大業をひろめ天下を 治めるによいであろう。きっとこの国の中心地だろう。そのとび降ってきた者は、饒速日と いうものであろう。そこに行って都をつくるにかぎる」と。諸皇子たちも「その通りです。 私たちもそう思うところです。速やかに実行しましょう」と申された。
犬神さんが引用した部分と全く同じ部分の現代語訳を引用しました。其の内容を見るに、神武天皇が噂話として誰かが天降つて来た事を知つてゐて、其の者をどう云ふ理由か饒速日であると神武天皇が考へてゐたと云ふ事になりさうですね。此れが本当に先回りして天降つた者が饒速日であれば、犬神さんのおつしやる通りになります。
片や『古事記』の神武天皇条の東征の段では、神武天皇と其の兄の五瀬の命が相談して「東へ行かう」と決めてゐます。饒速日は出て来ません。
簡単に纏めてみます。
『日本書紀』に記載の饒速日は或る意味で「敵」として登場してゐるやうに感じますね。記紀との間で記述の相違があると云ふ事は、成る程、政治的意味合が強いのだと解釈する事が出来さうです。
三炊屋媛については、結果的に記紀共に同じ女性のやうですね。
関連の神社を一覧にまとめてみようかと思いつつ、膨大さと煩雑さに頓挫中です…。ま、そのうちぼちぼちと。
物部氏関聯の神社を纏めてゐるサイトで知つてゐる所が在ります。
でも、犬神さんだつたらもう知つてゐますよね。だから、犬神さんはヤマトタケルの所縁の神社一覧とか作つたはうがいいんぢやないかな。私はさう思ふけどどうだらう。
相当出遅れですが、gobbledygook経由で「元素占い」を試してみた処、実は、
な何と、圭子の夢は夜ひらく(2003年1月27日)のちるくるさんと同じ結果になつてしまつた。なので、補足的に引用しておく。
- あなたは
- 原子番号:39,元素記号:Y,元素名:Yttrium(序でに漢字では{金乙})
- あなたと相性のいい異性は
- [元素記号(元素名,原子番号)] Pu (プルトニウム,94) , Sg (シーボーギウム,106) , C (炭素,6) , Ru (ルテニウム,44) , Mn (マンガン,25)
其の他省略
「潜在力が計り知れない」らしいけど、潜在力の引出し方を知らないぞ。「相性のいい元素」に例の常温気体の元素が無い、無いぞ。
独逸のヒンデンブルク号の爆発は、注入気体が水素だつたから爆発してしまひました。ヘリウムなら爆発しなかつたのにねえ。(某所でもろに書かれてゐたからコメント解除だ)
ちるくるさんが「イットリウムを知らない」と言ふので、こんな頁を探し出してみた。Y イットリウム(Yttrium)(Welcome to ABE's Room 2nd session)、切手蒐集家の頁ですが、よく調べ上げてゐます。レーザー光源で贋ダイヤモンドなんださうだ。俺は贋物かよ。
元素の漢字表記は、北村さんの漢字で元素(曉に死す)を御参照下さいね。
お二方からの御応募が確認されました。お忙しい処、どうもありがたうございました。引続き細々と企画を続行致します。
突然で誠に恐縮ではありますが、このサイトや日記のバナーを公開募集を致したいと思ひ立ちました。当方、絵心も無いのに大変高名なさとみかんに1年以上も捕捉頂いて恐縮するばかりなのですが、この界隈には非常に素晴らしい絵をお書きになる方々が多くいらつしやるやうですので、失礼を省みずお願ひ致します。
普段から、この日記をお読みの方々でしたら、私がどんな事に興味を持つてゐるのか御存じの事と思ひますが、此処に御題を用意しておきますので、何かの参考にして下さい。
お一方一つで構ひません。悪いやうには致しませんので、何卒宜しくお願ひ致します。
闇黒日記(平成15年1月27日) 経由
此処の頁の作者は「神代文字」は無かつたと考へてゐるらしい。私も其の意見に賛成だ。記紀万葉も稲荷山古墳鉄剣銘(雄略天皇と稲荷山古墳鉄剣銘(教育と歴史について考える))も、全て漢字で記載されてゐます。
まあ「神代文字」が神代から在つたと信じる程度ならばいいんだけどね。
然し、思はずリンクしちまつたけど、一つ前の段落のリンク先、marquee要素を使つてゐるよ。マーク附けが(以下略)
記紀の神武天皇条より、饒速日の記載の部分のみを引用してみます。ほんのちよつぴりしか記載が無いので、どう云ふ神なのかよく判りません。
下記、『古事記』書下し文より引用。
かれここに邇芸速日の命まゐ赴きて、天つ神の御子にまをさく、「天つ 神の御子天降りましぬと聞きしかば、追ひてまゐ降り来つ」とまをして、 天つ瑞を献りて仕へまつりき。かれ邇芸速日の命、登美毘古が妹登美夜毘 売に聚ひて生める子、宇摩志麻遅の命。こは物部の連、穂積の臣、婇臣が祖な り。かれかくのごと、荒ぶる神どもを言向け和し、伏はぬ人どもを退け撥 ひて、畝火の白檮原の宮にましまして、天の下治らしめしき。
下記、『古事記』現代語訳文より引用。
時に邇芸速日の命が天の御子のもとに参って申し上げるには、「天の神の御子が天からお降りに なったと聞きましたから、後を追って降って参りました」と申し上げて、天から持って来た宝物を 捧げてお仕え申しました。この邇芸速日の命が那賀須泥毘古の妹登美夜毘売と結婚して生んだ子が 宇摩志麻遅の命で、これが物部の連・穂積の臣・采女の臣らの祖先です。そこでかようにして乱暴 な神たちを平定し、服従しない人どもを追いはらって、畝傍の橿原の宮において天下をお治めにな りました。
下記、『日本書紀』現代語訳文より、2箇所を引用。
さて長髄彦は使いを送って、天皇に言上し、「昔、天神の御子が、天磐船に乗って天降られ ました。櫛玉饒速日命といいます。この人が我が妹の三炊屋媛を娶とって子ができました。 名を可美真手命といいます。それで、手前は、饒速日命を君として仕えています。一体天神 の子は二人おられるのですか。どうしてまた天神の子と名乗って、人の土地を奪おうとする のですか。手前が思うのにそれは偽者でしょう」と。天皇がいわれる。「天神の子は多くいる。 お前が君とする人が、本当に天神の子ならば、必ず表(しるしの物)があるだろう。それを 示しなさい」と。長髄彦は、饒速日命の天の羽羽矢(蛇の呪力を負った矢)と歩靫(徒歩で 弓を射る時に使うヤナグイ)を天皇に示した。天皇はご覧になって、「いつわりではない」と いわれ、帰って所持の天の羽羽矢一本と、歩靫を長髄彦に示された。長髄彦はその天神の表 を見て、ますます恐れ、畏まった。けれども兵器の用意はすっかり構えられ、中途で止める ことは難しい。そして間違った考えを捨てず、改心の気持がない。饒速日命は、もとより天 神が深く心配されるのは、天孫のことだけであることを知っていた。またかの長髄彦は、性 質がねじけたところがあり、天神と人とは全く異なるのだということを教えても、分りそう もないことを見てこれを殺害された。そしてその部下達を率いて帰順された。天皇は饒速日 命が天から降ったということは分り、いま忠誠のこころを尽くしたので、これをほめて寵愛 された。これが物部氏の祖先である。
饒速日命は、天の磐船に乗って大空を飛び廻り、この国を見てお降りになったので、名づ けて「空見つ日本の国(大空から眺めて、よい国だと選ばれた日本の国)」という。
纏めてみます。
記紀の記載では、この程度の事しか判りませんでしたよ。もう調べはついてゐるんでせうけどね。天璽瑞宝のMunyuさんへ。犬神さんにも見て欲しいな。
根っこが同じなら離れているようで実は同じだったりするし。
日本語の語源を追求する方法の中に語根を見出して一定の意味を引出す方法があります。同じ語根を持つた複数の語句の集合を「単語家族」と云ひ、其の一つを取り出して、「此れは何々の同根語だ」と表現する事もあります。
実は、この遣り方は、日本語にとつての比較言語学にも活用できるのです。日本の現代の口語を海外の言語と直接比較するより餘程賢い遣り方です。
で、以前、私はこんな事を言はれた事があります。
「根っこが同じ」を見てこんな事を思ひ出してしまつた。彼の人は今どうしてゐるのだらう。さう云へば、何処ぞの「2ちゃんねる」でゴスロリ風のウェブサイトを作るとか何とか……。素人にはお薦めしたくないが。閑話休題。
答が出たやうですね。「A地点とB地点が」同一である可能性の推測
ですか、旅に行つたら帰つて来るもんです。「寅さん」も柴又に帰つて来るぢやあないですか。もう帰つて来れない遠い所に行つちやつたけどさ。
今や世界のIT(情報技術)大国になっている韓国で25日午後2時(日本時間同)ごろから、全国的に高速インターネット通信網への接続ができなくなった。一部のサーバーは1時間ほどで復旧したり、バックアップシステムを稼働させたりしたが、マヒ状態は一部で夕方の段階まで続いている。すべてのネット接続が一度にできなくなったのは韓国で初めてだ。
いやあ、驚いたねえ。インターネット先進国の韓国がこの有様ですよ。
誰かが、大量のデータをサーヴァに落し込んだ為に、サーヴァがダウンしてしまつたんださうな。報道では「サイバーテロ」とか表現してゐたけど、そんなに大切なサーヴァだつたら、確りと豫備を準備しておくべきだらうに、豫備を。\
でも、本当にサイバーテロだつたら、こんな恐ろしい話も無いぞ。
生きてゐますので、心配なさらないで下さい。
野嵜さんは確りした人だから心配してゐないけど、最近散々な思ひをされてゐるみたいですね。
切り捲るのも結構ですが、変に恨みを買つて外から呪はれでもしないかと一寸心配ですよ。御自愛下さい。
A地点からどれだけ離れているか分らないB地点に行きたいとする.また,A地点からB地点への移動手段を知らないとする.
長旅になりさうだから、両親に今生の別れの挨拶でもしておきませうか。其れでね、火打石でカチッカチッとやつて貰ふんだ。
省略飛躍を歪曲と決め付けては身も蓋も無いですな。
御自白成被下候間記録に留置致居候 省略飛躍と言候へ共波江殿の場合度を越候文章や詩歌書候由宜しきにて候へ共論理的飛躍大なりて一文章中にて巧妙に意味不繋候 波江殿頭中のみにて意味理解有之ても内容確実に表現被成下候事無之候はば其文章の意図相手に不伝候也
折角だから、候文の練習です。\
とほほ氏の「ホームページ入門」のテクニックを使つたサイトは、全うな方法で作られたサイトに、敵はない。
「敵はない」を「てきは無い」と読んでしまふらしい。どうしても誤読を避けたいのならば、「敵はぬ」(文語体なら「敵はず」)とすればいいだらう。
今迄、時制と否定表現をやつて来ました。今回は「候文の進行形」です。
英語には現在進行形として"ing"が使はれますが、日本語には「現在進行形」と呼ぶべき文法上の区別はありません。
日本語には、過去でも現在でも未来でも、其の何処かの時点で動作作用が進行してゐる事を明示する方法があります。其れが「ゐる(居)」です。現在は助動詞「て」を介して動詞と「ゐる」を接続します。
上に見て解るやうに、似非漢語候文の場合は動詞と「候」の間に「居」を挟み込んで表現するんです。
此れを読む時は、素直に漢字を順番に読んで行くだけです。
この用語については、必ず自分や自分に属する対象の動作について使つて下さい。「存(ぞんず)」も「居(をり)」も下位の人の行ふ動作なので、相手のする動作に使ふと失礼になるんですね。
最近でも「居候」と云ふ言葉が使はれるけど、実は候文とは直接関係無いのです。「候」は元々「伺候する」と云ふ意味です。だから、「居候」は「其処にゐて伺候する人」と云ふのが元々の意味なんです。
此処迄は宜しいですか。
某所で何だか、
某ホームレスは、世間の人間は損得勘定で生きてゐると理解してゐるらしい。で、其のホームレス氏は善悪で生きてゐるらしい。慥かにさう云ふ部分も在るかも知れない。
が、然しだ。善悪抜きで損得ばかりで生きてゐるとすれば、悪事を働いて儲ける事も厭はないと云ふ事になる。損得を考へるにしても善悪の観念は必要である。又、善悪を考へて行動すれば、多くの場合得をする結果を得るのは難しいかも知れない。
だけど、人間の価値観にはもう一つ、正邪と云ふ価値観が存在する事を忘れてはならない。正しい正しくないと云ふ考へ方だ。正しい事を行ふ為に善や得を捨てる行為も在る。
此処で言ひたいのは、人は損得だけでも善悪だけでも正邪だけでも生きて行けないと云ふ事である。夫々の価値観を巧く使分け組合せて、社会生活を営むべきではないんですか。
某MLで、宣統通宝宝広局打製銭の話題が出てゐた。手元の銭譜と比べて合はない旨の内容で返事をしておいた。
当方にも何枚か手持ちが在るのだが、結構探しても1枚しか見附らなかつた。何処にしまひ込んでしまつたんだか。
と、思つて奥のはうを弄つてゐたら、黒い蒐集帳の中から出て来た。先に出て来た奴と書体が違ふが、銭譜の拓本とはピタリと合ふぞ。
某所がまた「南北朝」時代に突入してゐる模様。
日本語とタミル語には対応が存在するとされる大野晋さんの著書。240語に亙る相互の対応語の解説に併せ、助詞や助動詞とタミル語の小辞との実際の文例を示しての比較など、よく纏められてゐる。
筆者の記紀万葉や『源氏物語』の豫備知識が在つての研究結果だと感じた。前にも書いたが、国語学者が導き出したこの結果を軸に、他の学問の学者も調査研究してみる必要があると思ふ。其の結果、新たな発見などに依り歴史の修正が必要になるかも知れない。
- 日本語ができなくてはいけない. 万葉集や源氏物語が逐語的に文法的に説明できるような力が必要である.
- 英語ができなくては都合が悪い. (私は英文の手紙や論文を書くために多くの方々のお世話になっている.)
- タミル語の古典が読めて, 自分で注が書けるようになることが必要である. (私はサンムガダス夫妻の助力によって, ようやくここに至ったにすぎない.)
大野晋著『日本語以前』(p.337)より引用。
此れは、大野先生が、引継いで研究を続けて欲しいと願ふ人物像を簡単に示した部分であるが、逆に言へば、この論を批判するなら最低でも上記の知識は持合せて貰ひたいものである。
タミル語やタミルの文化がどうやつて日本に迄伝はつたのかを論証するのは、国語学の仕事ではないと言つてゐる。さう云ふ部分から批判する前に、考古学や文化人類学など適切な学問で確りと調査するべきだらう。
当方のハンドルは"Petronius"ですが、歴とした日本人です。最近、ぺとさんとかぺと様とか呼ばれてゐますが、私自身が認識できれば、どのやうに呼んで貰つても構ひません。よしなに。
頭が働かない。鬱ではないけれど死にさう。鬱なのではない。
何が起きてゐるのか判らないけど、たまには休んでみたら。
人名に使用できる漢字を大幅に増やす方針を21日、森山法相が明らかにした。多様化する名付けの要望に対応するためで、年内にも戸籍法施行規則で定める「人名用漢字」を、現行の285字から1000字程度に増やす。
一方、常用漢字に含まれるものの、名前に使うのが適切かどうか疑問がある「殺」「罪」「悪」などの漢字についても妥当性を検討する。
戸籍法施行規則によると、名前に使える漢字は、常用漢字1945字と、人名用漢字285字。人名用漢字の見直しは90年に118字、97年に「琉」の1字を増やしている。
現行では「梨」はいいが「苺」はだめ、「鷹」はいいが「鷲」はだめ、など根拠が分からない点もあり、役所の窓口で名前が不受理となった親が裁判に訴えることもある。
法務省は「分かりやすい基準を設ける必要がある」としており、(1)戸籍担当者が肉眼で見える程度の画数に制限する(2)JIS漢字は基本的に認める、など客観的な基準を設ける考えだ。 (12:12)
asahi.comの記事はいづれ消えちまふから、敢へて全文引用を施しておく。
「人名用漢字」については、前からもの申したい事があつた。今年の第一発目の主要コンテンツ公表か此れにしようと考へてゐた矢先のこの記事である。
日本人の人名としてお役所が受理できる漢字を規定してゐるのが、この「人名用漢字」の根本的性質である。が、現在の状況を鑑みると、どうも其れだけでは無く、「常用漢字」の補完的意味合が色濃いやうに見受けられる。
日本語で実際に使はれてゐる漢字は、細かく見て行けば「常用漢字」を超える数の漢字が実際に使はれてゐる。其のやうな漢字に対して「此れは「常用漢字」だから日本語の文章に使へる。此れは「人名用漢字」だから日本人の人名にだけは使へる。此れはどちらにも規定されてゐないから、日本語の文章には使へない」などと云ふ事は、正常な言語の状態ぢやあありませんよ。
抑々、人名にしか使へない漢字の存在其のものを疑ふべきぢやないのかい。漢字は字体と字音と字義が一体になつて初めて本来の機能を発揮するんだよ。さう云ふ点を無視して「人名用漢字」なんかを論じても全く意味無しだ。
此方が譲歩するにしても、「常用漢字」レヴェルで最低限JIS基本漢字は全て認めて貰はなきやあ困るぞ。略字の存在も認めるが、正字が在つての略字である事を正しく認識させる事が必要だ。
因みに、戸籍担当者が肉眼で見える程度の画数に制限する
だと、馬鹿も休み休み言つて欲しい。文字を大きく書くなり、虫眼鏡で拡大するなり、標準以上の視力を持つた職員を起用するなり、方法は幾らでもあらうが。何でも漢字の所為にするな。
時にはイメージキャラクターとかロゴをただ「描く」のみならずデザインから任される(→以後それが「公式」として定着してしまったりする)事もあるし、もっとこっち方面の練習もしなきゃなぁ。
さう云ふ事が出来ると云ふのは私から見ると大変羨ましく思ふんです。唯、趣味で絵を描くのと、仕事でロゴなどを描くのとは確り区別すべきでせう。自分が本来やらねばならない仕事を確りとこなすのが最も重要な事の筈ですし、契約が無い作業は本来やるべき人に任せるのが筋です。
若し、其の点が曖昧になつてゐるのならば、改めて然るべき所に確認しておくはうがいいと思ふけど、どうでせう。
逆に、「一度やつてしまつたらあんたが担当だ」と云ふやうな事が罷り通るやうな職場だと問題だと思ふぞ。自分から率先してやつてゐるなら別だけどさ。
きのふ、楽泉会に出席した。其の時、関西から来たO氏が、皇朝十二銭を持つて来られた。大変珍しい物なので、お願ひして饒益神宝の拓本を採らせて貰つた。古銭のレア物(この界隈では「珍品」と云ふ)たあこの事也。
今回の入手品は、符合銭が数枚と、乾隆通宝宝源局缶隆マ頭重点通の母銭である。缶隆の母銭自体初見なので、或は珍しいのかも知れない。磨れてゐるが、銅の練れもいいし、穿も確りしてゐるので、母銭でいいと思ふ。
今回の当方出品は、電脳古銭会でも出品した光緒通宝宝源局打製銭だつたが、越州から来たT氏の指摘により、贋物と判明。無念。
今、拓本の練習をしてゐるが、中々思ふやうには行かないもので、困つてしまふ。
昨日の日記の「実験頁」のcite属性の値を少々修正致しました。当該ウェブページが消滅したと仮定しても、リンク先はウェブサイトのindexが消滅しない限り有効です。
唯、引用元の文書自体が消滅してゐる可能性は否定しませんが、当方としては、引用した文書其れ自体が必要だから敢へて引用してゐると云ふ事を附記しておきます。
ところで、この角川のサイトの紹介…古事記の「訳」と言っているんですがいいのでしょうか??
一寸読んでみないと判らないけど、『古事記』は元々変体漢文で出来てゐるから、其の内容に則つて今の人達が読める形に纏めてあるのなら「訳」としても構はないんぢやないですか。
読んだら意見変るかもですが。
前回の「候文と時制」の続きです。今回は、「候文の否定表現」です。
実は、某氏の依頼で錠前関係の記事の連載もする積りですが、此れは一寸落着いてからにしますので、御諒承下さい。申し訳ない。
候文で否定表現をするには、です・ます調とは違ふ方法で表現がなされるんです。です・ます調では、肯定表現の「ます」に対して否定表現の「ません」を使ふよね。其れに対応する候文の否定表現は「候」自体に否定表現を附ける「候はず」と云ふ表現になるんです。だけど、此処ではもつと漢語的な表現を扱ふ事にしますよ。
漢語的に書く場合は、「候」の前に附く動詞や名詞相当の漢字の前に否定表現の「不」や「無」が附く事になるんです。
上に見て解るやうに、似非漢語候文の場合は「候」の前に附く動詞や名詞に否定表現が附く為、更に其の前に否定表現を附けるんだけど、此れを読む時は「候文2」のやうな読み方をさせる事を覚えておいて下さいね。
「不願候」と書いてあつたら「願はず候」と読むと云ふ事です。
此処迄は宜しいですか。
結果を恐れずにやってみることも必要だと思う。ときには自分の都合だけ考えてもいいのではないか。すべてうまく行けば理想的だけども常にそれが出来るわけじゃない。先回りして結論を出してしまう必要はないと思う。やらなかったほうがよりよかったなんてことは、やって駄目になるのと同じくらい不定なんじゃないだろうか。誰にもわかりはしない。
だったら、自分勝手であってもやってみるべきだろう。
消される前に必要な部分だけ引用させて貰ひます。然し、私が誰かに助言した内容に似てゐるなあ。気の所為かな。
青少年の為の回収箱は、これ親が青少年の部屋から見つけたものを入れるんでしょうかね。て云うか中に入れる人って本当にいるのかどうかが気になる所です。
犯罪・非行ノーサンキュー 活動って凄いアバンギャルドだ。遠慮なのかあ。
多分、「青少年の健全な育成にとつて有害と思はれる図書やヴィデオテープ」等を回収する目的で設置してゐるんでせう。本当に目論見通りに行くかどうかは判らないけどねえ。
私はそんな事より、回収された図書等の其の后が気になりますね。どのやうに活用されるんだか、回収員が自宅に持ち帰つて、ウハウハとか。いかん、勢ひでこの日記らしくない事を書いてしまつたぞ。
清朝銭にはJISコードで指定できない漢字を使用した古銭があります。康煕通宝の「満漢漳」と、新彊の鋳銭局のホータン局の漢字表記「和闐」が其れです。
尚、ホータンは簡体字で「和田」と書くので、簡体字と明記した上でこの表記に逃げる方法はあります。
正字正かなでは「向かう」をどう記述するのですか。 なぜ「かな」だけひらがななのですか
以上、御返事迄。
ところで、現代かなづかいでは、「頬」は『ほお』、「通り」は『とおり』なんですが、これ、『ほう』『とうり』じゃ駄目なんでしょうか。「勝利」は『しょおり』、「投資」は『とおし』じゃ駄目なんですか。
駄目ださうです。一応、「現かな」の規則に従へば、歴史的仮名遣で語中語尾に「ほ」や「を」と書かれてゐた部分は「お」に書換へられてしまふけど、元々字音仮名遣で語中語尾に「う」と書かれてゐたものや、ウ音便に類別されるものは「う」の侭です。さう云ふ訳で話言葉だけから仮名表記を類推する事が困難な事も理解できると思ひます。
けふ、古銭会の発表に出す古銭を探しがてらお片附をしてゐたら、期限切れの定額小為替を見附けてしまつて、欝になつてしまつた。前にもやつた記憶がある。懲りてゐないとはこの事か。
一応、貯金事務センターに相談してみたけど、矢張り1年半を過ぎたらどうしやうもない。
標準語は日本全国で通じる言葉、東京辯は東京都心部や其の周辺で使はれてゐる言葉と理解してゐます。
同じ東京辯でも、下町と山の手では随分と違つたものでしたが、最近はあまり差は無いかも。
標準語は、最近「共通語」と言換へてゐるらしいとの話も聞くけど、震源地は何処なんだ。何でも言換へをすりやあいいてえもんぢやねえだらう。
其れから、話は一寸ずれるけど、「頬」をどう読むかについてですが、「常用漢字表外字」だから、明確ではないけれども、「現かな」の規則に従へば「ほお」と書かされる訳ですね。
当然正かなでは「ほほ」ですが、「ホホ」と言はうが「ホー」と言はうがどちらでも構はないですね。
地元で多少大き目の骨董市をやつてゐたので、其れを見に行く。矢張り散財してしまつた。
文部省のは小学校の国語の教科書、虫眼鏡は古銭を拡大する為の小道具、後は古銭を少々、と行きたい処だが、いやあ、贋物天国状態でしたよ。腹を括つて贋物と知りつつ買つちまつたさ。一円銀貨は明治元年には発行されてゐませんよ。紙幣は小さ目で、「武内一円」や「大黒一円」の模倣をしてゐる印刷なので、結構な古さはあるけど玩具紙幣だし、乾隆通宝は本物と見比べると一回り小さく作りも粗雑なものだつた。駄目だ此りや。
「代官餅」はいつもの場所より少し奥のはうに移動してゐたけど健在だつた。からみは大根下しと醤油で味附けしてゐるんだとばかり思つてゐたら、更に長葱を刻んだのと海苔を刻んだのも這入つてゐた。いつもと同じ味だつたよ。
「兎」関係も調査して来たけど色々在つたよ。縫ひ包み、木彫り、陶器、硝子、銅などの金属、お椀の絵、其の他、安いのでも500円程度はしてゐたかな。其の中から自分の趣味に合ふ部分を含めて適当に選択して、我が家にお出で頂きました。然し、生の兎は見なかつたな。
さう云へば、「カルキュレータ」てえ計算機を置いてゐた露店が在つたなあ。あれレバーをクルクル回すと、チンチンとか言ひ乍ら数字の表示が上つたり下がつたりして面白いんだけど、如何せん重いんだよなあ。
普段、日常的に候文を使つてゐる訳ではありませんので、巧く指南できるかどうかは判りませんが、今后は自分自身が把握できてゐる範囲内でも此処に書記して行きませう。
然し、例のあれが犬神さんのツボに嵌つちやふとは思はなかつたなあ。あれは実際、ネタの積りで書いたんだけどね。
此処からは真面目に行きます。先づ、候文の事を詳しく調べたいと云ふのであれば、国語学者の山田孝雄(やまだよしを)著『敬語法の研究 訂正版』に当るはうが宜しいでせう。唯、最近の書籍では無いので、街の図書館に在るかどうかも怪しいのが難点ですし、私自身此れは持つてゐません。残念。
…しかし私の語彙では文語にならない箇所多数。そうか、昔文語風テキストをでっち上げて喜んだりしていたけれど、あれは最初から文語で書こうとしたから、自分の持ってる語彙の範囲内で書いていたのだなぁ。
文語は文章を書く為に在る文体です。長年掛つて色々な人に使はれ乍ら洗練されて来た文体なので、既にいにしへの言葉となつた古語とは違ひます。候文は主に手紙文に使用されますが、文章中に漢語が多用される例が多く見受けられます。其の理由には、方言の多様性と云ふ問題があり、自分の地域で話されてゐる口語が必ずしも手紙を受けた相手方で其の侭の意味で受取つて貰へるとは限らなかつたと云ふ事情があるのです。
候文が文語であるのは、明治時代の後半には廃れてしまつて使はれなくなつてしまつたと云ふのが一つと、口語文には「候」を附ける習俗が無いと云ふのが一つ、大きく二つの要因が在るのだと思ひます。ですので、口語文を其の侭候文にするだけでは巧く行かない訳なのです。文語も口語と同様現在に生きる日本語の筈ですが、明治の頃から始つた言文一致の運動が、文語と候文を過去の物にしてしまつたのです。
とまあ、お堅い話は此処迄にし、候文の実際を徐々にやつて行きませうかね。最初は、時制の件から行くよ。
見出しに「時制」と書いてしまつたんだけど、日本語には昔から英語などに示されるやうな明確な時制は存在しなかつたらしい。過去を表す「き」は慥かに記憶してゐると云ふ事を表明する助動詞だし、意思を表す「む(ん、う)」は、将来的に何かを行ふ意思や推量を漠然と表明する助動詞だから、どつち道時間軸に合はせた明確な時を表すものでは無く、飽く迄も話手の頭の中でどう云ふ理解をしてゐるかしか無いんですよ。
で、其れを把握した上で、ぢやあ候文の場合はどうなるのかと云ふ話になるんだけど、其れは一寸下に纏めておかうね。
上に見て解るやうに、「候」はハ行四段活用をするのだが、候文の場合、動詞の活用を省略する習はしになつてゐるので、時制も活用と共に隠されてしまふんです。だから、読み手は文脈から過去の話か現在の話かを読み分けないといけなくなるんです。
此処迄は宜しいですか。